きぼうのでんき2026年5月号

地域の財産を、電気に変える。

かつての「水のない荒野」はいまや「水力発電の先進地」に!
那須野ヶ原土地改良区連合
那須野ヶ原土地改良区連合
栃木県那須塩原市

水のない荒野だった那須

なだらかな丘陵が一面に広がる那須野ヶ原。レジャーやリゾート地としても知られるとともに、豊かな農産地帯として、アスパラガスなどの高原野菜をはじめ、ネギ、ナス、トマト、イチゴのほか、稲作も営まれています。しかしこの土地が、かつては「鳥も通わぬ」と言われるほどの広大な荒野だったと聞いてもにわかに信じられないかもしれません。

星野さん那須野ヶ原は、那須連山から流れ出る那珂川や蛇尾川などによって造られた日本最大級の扇状地。しかし、江戸時代までは飲み水にも困るほど、渇水の土地だったんです

と語るのは、那須野ヶ原土地改良区連合の専務理事、星野恵美子さん。一帯は砂礫層という砂利の層でできているため、川の水が地下へ潜ってしまう伏流水となり、地表に水が残らなかったのです。

星野さん水が沈むので"水無川"と言われていたそうです。飲み水を得ようと井戸を掘っても、数十メートル掘らなければ水脈に達しない。人間が住むことすら困難な不毛の地だったんです
専務理事の星野恵美子さん
専務理事の星野恵美子さん
那須野ヶ原土地改良区連合

「疏水」の完成で発展した農業

転機となったのは明治時代に入ってから。1885年(明治18年)、わずか5ヶ月という驚異的な短期間で「那須疏水」の本線が完成します。「疏水」とは、川や湖などの水を人工的に引き込み、別の場所へ流すための水路のこと。農業用水や生活用水、工業用水、そして発電(水力発電)などその用途はさまざまです。せっかく疏水を作っても砂礫層のままでは水が一帯に行き渡らないことから、水路の底を粘土で固めるなどの苦労があったそうです。

星野さん水路が通ったことで、明治の元勲や華族たちがこぞって開墾に乗り出し、これら"華族農場"による投資が、荒野を牧草地や耕地へと変貌させ、現在の那須の風景の基礎となっていくんです

しかし明治の疏水だけでは、扇状地全体を潤すには不十分でした。戦後の昭和40年代に、さらなる安定した水利用を目指して大規模な再開発が行われます。那珂川水系で最大級のダムである深山ダムをはじめ、網の目のように張り巡らされた地下のパイプラインもこのとき整備されました。

星野さんかつて"水一升、金一升"と言われるほど水が貴重だった那須野ヶ原は、先人たちの執念によって、日本有数の米どころ、酪農地帯、そして発電基地に生まれ変わりました。明治から140年にわたって続いた"水との闘い"が"水との共生"へと進化した、とも言えますね

那須疏水の歴史的遺産

総距離330kmの水路が生み出す電気

1992年に国営事業による初の小水力発電所として運転を開始した那須野ヶ原土地改良区。その源は、「水の落差」にあります。扇頂部から扇央部までの距離が約30km、標高差が約480mと急峻な勾配を持つ一帯で、那須疏水は実に、31路線に計675か所もの落差工(段差)が存在。最大の「新青木発電所」では44mもの大きな落差を活かし、500kW(一般家庭約1,000世帯分相当)を生みだしています。

星野さん那須野ヶ原の水路をすべて合計すると330km あります。明治期の"水を引く"にはじまり、昭和期に"水を蓄える"ことで農業が発展し、そして "水でエネルギーを創る"までになった。地域の先人たちの礎をありがたくいただいて、今の私たちはあるんです

発電された電気は、水路を管理するためのポンプや施設の電力としても使われ、しかも売電収益によって、農家が支払う「水路の維持費(賦課金)」も大幅に引き下げられているといいます。水不足だった時代に苦労して作った水路が、今は農家の家計を助けてもいます。

戸田調整池

戸田調整池

那須野ヶ原の用水を一時貯留し、灌漑の安定供給や洪水調整のために使われる貯水池(写真は戸田調整池)。

発電産地の一員として交流をさらに!

星野さん私たちの発電は文字通り、自然との闘いです。泥やごみで詰まってしまう水路の整備に休みはない一方で、農業人口が減り続けている時代にあって用水路の維持をどこまで、どうしていくのか、悩みは尽きません。原発の再稼働もささやかれる局面で、私たちは発電し続ける意義を改めて社会に問うべき転換期にいるんです

「自分たちのエネルギーを自分たちで作り、地域を自立させたい」と立ち上げた思いは、「自然との共生」をめざすことに他なりませんでした。星野さんはそれを「もはやこれって使命なんだ、って」と言います。パルシステムでんきの発電産地として仲間入りしてからは、星野さんたちは、パルシステムの組合員や役職員を招いた見学会の開催にも積極的に取り組んでいます。

星野さん電気をつくることが目的じゃないんです。地域を守りながら、"食糧安全保障"を担っていく。食とエネルギーのつながりを大切にし、地域を元気にしていこうとするパルシステムでんきの一員としてこれからもがんばります!

パルシステム東京による見学会の様子

見学会の様子

見学会の度に、星野さんは「食べ物と電気はつながっている」ことを伝えようと、語気は熱を帯びる(写真はパルシステム東京による見学会の様子)。

事務局長の後藤伸一さん

事務局長の後藤伸一さん

「"水を求めて"は先人の労苦を偲び、バトンを受け継ぐ者の誰もが心に留めている大切な言葉です」と事務局長の後藤伸一さん。